生死に関わる中での「自然体」ってスゴイ!

ちょいと近頃「生きる」ということを、あれこれ考えざるを得ない状況に置かれていました
自分にとっては結構大事なことなので、ブログで書いて残しておこうと思います
考え始めたのは、たまたま年始に観た映画『ボヘミアンラプソディ』からかなぁ。。。

『ボヘミアンラプソディ』
音楽が趣味の自分なので、そういった意味で興味深い演出も多かったし、4DXの面白さも体感しました
内容について、一番感じたことは…
  フレディが死を覚悟した時に、’生きるとは何か’という自分なりの答えを導き出したことに、私はまず安堵
  そして、自分の過去も今も(短い)未来も、全部受け入れたことへの爽快感に共鳴
…一言でいうなら、こんな感じです

で、まぁ、その数日後に、3年前から同居している私の父の検査結果を聴くことになる

父は、現在、3度目の肺がんに侵されています
がん自体は今すぐどうこうという深刻な状況ではないのですが、完治を目指す治療(手術・放射線)は難しい
進行を抑える抗がん剤も…まぁ、心身の負担とリスクがでかいので勧めないと言われました
肺気腫があるとか、がんの場所が悪いとか…まぁ色々な要因が重なっての「ほぼ無理」宣言ですわ

母はえらいショックを受けています
治療できる余地があるならということで、父に「頑張ってほしい」と伝えていました
母の立場や気持ちは、とても理解できます

けれど、私は「可能性に賭けて、頑張って治療を受けてみては?」とは、絶対に言いたくなかったんです
多分、父の体よりも心の方を心配していたのかもしれません
 (職業柄もあるかも?)

時々、酸素吸入をしていますが、日常的なことは自分でこなせている父なんですが…
本当の体のキツさを体感しているのは父だけなんですよね~
どこまで想像しても、共感はできるけれど、分かった風に助言するなんて私にはできないなぁと思いました
元々凛とした人で、頭もしっかりしている
この人は自分で結論を出すだろう
出すまでの協力、出した後の支援に力を注ごうという、ある意味’覚悟’をしてました

で、父は、「自然体でいく」と言い、対症療法は受けるけれどがん治療はしないという結論を出しました

さて、『ボヘミアンラプソディ』を引き合いに出しますが…
父もフレディと同じで、今、「あと、どれくらい生きられるかわからない」という状況を受け入れたわけです
それは、なかなか大変な’心のやりくり’だと想像します
でも、純粋にすごいなぁ(=尊敬ですね)と思ったりして。。。

私と父は喧嘩ばっかりでしたが、今の父は、穏やかな印象
自然と、自分も穏やかに接するようになるから、自分という存在も面白く感じます
あんまり、親孝行らしいことをしてこなかったので、暫くは仕事より両親を優先しようと思っています

…とはいえ、私、個人事業主の立場
依頼してくださった仕事を断るのは、どえらい恐怖が伴うんですよ…
自分の信念 「生死に関わることは最優先」「二番目は心の健康保持」
それを貫きたい…これまた、結構、覚悟が要ります~
(あ、全部断ったりはしませんけどね、無理のない範囲で仕事は受けます、もちろんです)

※両親と私の間を行ったり来たりする愛犬ピースは、癒し役として活躍しています♪
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ちょっと重たい話
読んでくださって、ありがとうございました

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